4月の壁紙

2010.4.01 Thu

4月の壁紙をアップしました。
以下各シリーズの被写体の紹介。

LANDSCAPEは昨年撮影した練馬にある石神井公園そばにあった公園の夜桜。桜の咲く頃はいつも雨が降ったり、気温が急に低くなったりで、焦らされることが多いが、今年もやはり冬に戻ったような気温が続いて、東京の満開例年よりはちょっと早いが結局は4月頭になりそうだ。

IMAGE-01は昨年「レプラフォン」でお借りした靴の木型。最近はプラスチックを使うことが多いらしいが、店の隅にぶらさがっていた古そうな木型を借りて撮影した。木型はとてもパーソナルなものだ。身につけるもので靴ほど体との関係が深いツールはない。この木型でその履き心地が決まるわけである。写真の木型も先端に皮をあてがって形を調整した後がある。一度でいいから自分専用の木型で靴を作ってみたいものだ。

IMAGE-02は春の花の定番であるチューリップ。チューリップというと花びらがやや閉じている状態が普通のイメージだが、陽の当たる暖かい場所に置いておくと満開になって、チューリップとは思えない咲き方をする。(ちょっとだらしない感じもする)そしてさらにそのままにしておくと、見事に?うなだれる。うなだれ方の美しさはチューリップがナンバーワンかもしれない。(種類にもよるみたいだが)花はうなだれてしまうと通常は捨てられてしまうが、僕の場合はここからが撮影の旬になる。満開までの花を楽しむのもいいが、しおれていく花を楽しむのもまたいいものだ。満開ばかりが旬ではない‥‥。

CALENDAR-01の紙シリーズは伯父が使っていたと思われる古い独英辞書。中高生の頃は英語の辞書をぼろぼろにして使うのが一種の美学のようなところがあった。ぼろぼろにしたからと言って、英語の成績が上がるわけではないのだが。それが美学というものだ?書籍のデジタル化が進み、辞書もなくなってしまうのか。確かに写真のような分厚い辞書は
デジタル化すれば、小さなチップの中に入るのだろう。しかし、文化は効率ではない。むしろ文化なんて無駄なものだ。さらなるデジタル化の中で、これから求められるのは、この無駄かもしれない。美学は無駄から生まれる‥‥。

CALENDAR-02の教科書シリーズは石。石と言えば昔、竹中直人が初監督、主演の「無能の人」という映画を思い出す。つげ義春原作のかなり世間からはずれた、河原で拾ったただの石を売るという男とその妻の物語だったと思う。僕はこの頃ぐらいまでの竹中直人が好きだった‥‥。つげ義春の漫画は大学時代に先輩から借りて何冊か読ませてもらったぐらいだが、その独特の暗い感じの絵とシュールで土着的な物語がやけに尾を引いた。

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