1月の壁紙

2009.12.30 Wed

1月の壁紙をアップしました。
来年の壁紙は多少リニューアルしました。以下来年度の各シリーズの紹介と1月の被写体の紹介。

LANDSCAPEは昨年に引き続き、島が日頃あっちこっちで撮影した風景写真。コンパクトデジカメ、一眼レフデジカメ、そして中型のフィルムカメラで撮影したちょっと朽ちかけた風景や日々のスナップ等。1月は12月に引き続き、しかし雰囲気は新年らしく爽やかな東京タワー。この塔はテレビのデジタル化でもうすぐその主な役割を終えるが、その後の運命はまだ正式には決まっていないようだ。観光としての人気はあるので、すぐには解体しないだろうが、その存続にはいろいろ課題が多そうである。

IMAGE-01は最近集めているどうしようもない(と僕は思っていないけど)ガラクタ達を写真で蘇らせるシリーズ。ガラクタだって撮りようによっては、魅力的な被写体となる。これも一種のリサイクル活動と言えば聞こえはいいが、ただの古い物好き。ガラクタは本来の役割を終えてただのモノになった時に、別の魅力を発するような気がする。1月は骨董市で仕入れた陶器の小さな皿。(おそらく神社で使う、お神酒を注ぐものか)積み重ねて撮影しようと思ったが、途中で崩れてしまった。その崩れた様子が美しかったので、そのまま窓から入る夕方の自然光で撮影した。

image02は花を使ったBROKENシリーズ。Dying flower?枯れつつある花には哀愁がる。そしてエロティックでもある。生き生きと咲く花も美しくはあるが、何でもそうだが、朽ちる過程で発する色気は妖艶である。女性にも通ずる色気である。あるいはエロスか。1月は昨年「日々、断片」でも紹介した実家の庭で朽ちていた椿の花。椿は正月の飾りにも使われる定番の花でもある。椿とさざんかの花は似ているが、椿の花は花びらが散らずに咢(がく)の部分からまるごと落ちる。それ故に病気の見舞いには不向きとされていたり、競馬馬の名前にも落馬を連想させるので使われなようだ。逆にその散り様から潔いというイメージもあるらしい。白い椿は清楚な感じを受けるが、朽ちつつある状態も、白の純粋さがはかなさを感じさせる。月(季節)と花が一致しないこともあるかもしれませんが、それはご容赦。

CALENDAR-01の2010年の被写体は「紙」。WEBの急速な普及や文書のデジタル化、省資源という理由で僕たちの専門である紙モノは確実に減りつつある。しかし、どんなにデジタル化が進もうとも紙はなくならないだろうと思う。なぜなら、紙には様々な表情があり、そこに書いたり描かれたりする内容と同様に、その表情がとても大切な表現要素でもあるからだ。デザインがいくら良くてもそれが印刷された紙の選択次第で良くも悪くもなる。さらに紙には物としての存在感がある。お金までがデジタル信号になってしまう時代だが、やはり紙ではなくてはならない物もある。そして、紙の世界は奥が深い。たかが紙、されど紙である。紙へのオマージュということで1年間続けてみたい。1月は古道具屋で処分する物の中から拾い出した和紙。何枚も折り畳まれた中の一枚で、お茶の世界で使う和紙のようだ。恐らく鉄瓶を置く為のものだと思う。折り畳んだ中心部の皺に紙ならではの複雑な表情がある。カレンダーとは言っても月の表示だけで玉はありません。

CALENDAR-02はちゃんと玉のあるカレンダー。デザイン事務所でもあるので、たまには写真なしで、とは思ったが結局ベースは叔父が使っていた古い英語の教科書を使うことにした。叔父の几帳面に書き込まれた文字も部分的に生かした。毎月ちょっとだけ変化がある未来の日々が刻まれた、レトロなカレンダー。

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